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大阪地方裁判所 平成11年(ワ)11564号 判決 2000年9月22日

原告 A野花子

右訴訟代理人弁護士 小田耕平

被告 医療法人 小嵜眼科

右代表者理事長 小嵜幸彦

右訴訟代理人弁護士 竹村仁

主文

一  被告は、原告に対し、金一五〇〇万円及びこれに対する平成八年七月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

一  本件は、近視矯正手術の過誤により損害を被ったと主張する原告が、被告に対して不法行為に基づき、後記三の2の損害の内金及びこれに対する不法行為の日である平成八年七月一〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  当事者

原告は、平成八年七月一〇日に被告が大阪府東大阪市内に開設した診療所である小嵜眼科において、被告代表者である小嵜幸彦医師(以下「小嵜医師」という。)の執刀により、近視矯正手術(レーシック手術、以下「本件手術」という。)を受けた患者である。

2  レーシック手術について

レーシック手術は、患者の角膜上皮(及びボーマン膜)を缶詰の蓋のように剥離させ、角膜実質層をPRK手術(エキシマレーザー屈折矯正手術)と同様に削り、その後に右剥離させた物(以下「フラップ」という。)をエキシマレーザーで削った角膜実質に被せるという近視矯正手術である。

3  本件手術に関する経過

(一) 原告は、昭和六一年一二月ころから小嵜眼科で視力検査の上眼鏡を作成しており、高校生になってからは、同眼科でソフトコンタクトレンズを作成して着用するようになり、定期的に検査を受けていたが、本件手術前には乱視はなかった。

(二) 原告は、平成八年四月六日ころ、小嵜医師にレーザー近視矯正手術の説明を求めたところ、小嵜医師は、右手術の利点を説明し、本件手術を受けるよう勧誘したが、本件手術の危険性については説明しなかった。

(三) 小嵜医師は、平成八年五月一五日ころ原告が検眼のため小嵜眼科を訪れた際、原告に対し、原告の眼の状態がレーザー手術に適しており手術が可能であるとして、速やかに本件手術を受けるよう勧誘した。

原告は、小嵜医師に求められ、本件手術後の裸眼視力が〇・八以上であれば苦情を述べないという内容が記載された手術同意書に署名捺印した。

(四) 原告は、平成八年七月一〇日に小嵜医師の執刀により、左右両眼について本件手術(レーシック手術)を受けた。

(五) 本件手術直後の検眼の際にフラップと角膜との間に空気が入っていることが判明したため、小嵜医師は、原告に開瞼器を取り付けたままの状態で、角膜を強く押える処置を行った。

4  本件手術後の経過

(一) 原告は、小嵜眼科で平成八年七月一二日に手術後の検診を、同月二三日ころには、術後二週間の検診をそれぞれ受けたが、裸眼視力及び矯正視力は測定不能であった。

原告は、平成八年八月二六日ころ、小嵜眼科で術後一箇月検診を受けた際、小嵜医師から再手術を勧められた。

(二) 原告は、平成八年九月二一日に左眼の再手術を受けた。その内容は、本件手術の際に被せたフラップを外し、角膜上皮の混濁の強い部分を除去し、レーザーを照射するというものであった。

(三) 原告は、平成八年一〇月一九日に右眼の再手術を受けた。

(四) 原告は、平成九年四月に小嵜医師からハードコンタクトレンズの使用を勧められた。

三  争点

1  被告の過失

(一) 説明義務違反

(原告の主張)

患者に対してレーシック手術を施行する医療機関及び医師は、術前に、レーシック手術が日本眼科学会を初め、FDA(アメリカ食品医療品局)においても承認された医療技術でなく、研究段階にあること、レーシック手術後の長期的予後が不明であること、レーシック手術の過誤に伴って遠視(過矯正)になること、フラップが正確に剥離されなかったり、剥離されたフラップが何らかの事情で剥落したり、損傷したり、さらにしわが寄った状態で定着した時は、深刻な角膜乱視を生じる危険性があることなど、レーシック手術に伴って生ずる可能性のある合併症を告知した上で、患者の承諾を得る義務がある。そして、レーシック手術を施行する医療機関及び医師は、患者の前記承諾を得ないまま手術を施行した場合には、個々具体的な原因の如何にかかわらず、術後に発生した合併症の全てについて賠償責任がある。

ところが、小嵜医師は、原告に対し、レーシック手術の右危険性を全く説明しなかった。

(被告の主張)

小嵜医師がレーシック手術が未だ研究段階の手術法であり、フラップがそのまま剥落した例やしわが寄った状態で定着した例などには深刻な角膜乱視を引き起こす危険性があることなどを説明しなかったことは認めるが、その余は争う。

(二) 本件手術における過誤

(原告の主張)

(1) レーシック手術を行う医師は、フラップの剥離及び定着を正確に行い、剥離されたフラップを剥落したり、損傷したりしわが寄った状態で定着しないよう十分に注意し、正確に施行すべき注意義務がある。ところが、小嵜医師は、本件手術の際、フラップ剥離又は定着を正確に行わなかった過失がある。

(2) レーシック手術を行う医師は、レーザーを照射するに際し、矯正必要量に適合した照射を適正に行うべき義務がある。ところが、小嵜医師は、本件手術の際、不適切なレーザーの照射を行った過失がある。

(被告の主張)

争う。

(三) 術後管理懈怠

(原告の主張)

レーシック手術を行う医師は、手術後に角膜に感染や混濁が生じないように術後管理を迅速かつ適正に行うべき義務がある。ところが、小嵜医師は、本件手術後の適切な管理を怠った過失がある。

(被告の主張)

争う。

2  原告に生じた損害

(原告の主張)

原告の両眼は、本件手術の結果、角膜の混濁と角膜性不正乱視等のために矯正視力が低下し、右眼にのみハードコンタクトレンズを無理に装着してかろうじて矯正視力を得ている状態にある。したがって、原告には、以下の損害が生じている。

(一) 本件手術費用相当額 四〇万円

(二) 後遺障害慰謝料 六一六万円

(1) 原告は、ハードコンタクトレンズを痛みに耐えて無理に装着しなければ、日常生活を送るために最低限度必要な矯正視力を得ることができず、視力障害を治療すべき方法がない。そして、原告は、コンタクトレンズの使用自体が困難であり、長期間の使用が困難である。また、原告の近方矯正視力は、両眼とも〇・三であるところ、通常の仕事等を遂行する上で重要なのは近方視力である。

したがって、原告の視力障害の程度は、自動車損害賠償保障法施行令別表(以下「施行令別表」という。)所定の第九級の一(両眼の視力が〇・六以下になったもの)と同程度のものである。

(2) また、原告は、視力障害によるストレスの結果、不安神経症となり、平成一一年三月から通院治療を受けている。このような精神的ストレスも後遺障害として考慮すべきである。

(三) 逸失利益 二四二六万円

本件手術時の原告の年齢は二六歳であるから、原告の逸失利益は、二四二六万円を下回らない。

263000(年齢別平均賃金)×12×0.35(労働能力喪失率)×21.970(新ホフマン係数)

(四) その他の損害 五〇万円

原告は、本件手術が失敗したことから、再手術を受けなければならなかった上、複数の病院で検診等を受けたから、その交通費及びコンタクトレンズ製作費相当の損害が生じた。

(五) 弁護士費用 三一三万円

(被告の主張)

争う。原告の遠方矯正視力は、右眼〇・六、左眼〇・八であり、両眼の視力が〇・六以下には低下していないから、施行令別表所定の後遺症等級第九級の一には該当しない。

第三当裁判所の判断

一  前記争いのない事実、《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

1  近視矯正手術の手法について

(一) 現在行われている近視矯正手術には、RK手術、PRK手術及びレーシック手術がある。

RK手術は、ラディアル・ケラトトミーの略で、メスで角膜の上皮側から放射状に切開を入れ、角膜の屈折力を変化させることによって近視を矯正するものである。

PRK手術の正式名称は、エキシマレーザー屈折矯正手術といい、レーザーを角膜に照射して角膜の厚さの約一〇分の一を蒸散させ、角膜屈折力を変化させることによって、近視を矯正するものである。

レーシック手術は、レーザー・イン・サイテュー・ケラトミリューシスの略で、マイクロケラトームで厚さ一三〇ないし一六〇ミクロンの角膜のフラップを作り、その下の実質をエキシマレーザーで切除し、再びフラップを戻す方法により行われる。

(二) 右の近視矯正手術は、いずれも角膜に切開やレーザーの照射等の侵襲を与えることから、次のような合併症が考えられる。

(1) PRK手術の結果、グレア(眼に入った光が乱反射する現象のこと)の発生、術後疼痛及び過矯正が生じ得るほか、細菌による感染症や角膜混濁などの合併症が生じる可能性がある。

(2) レーシック手術は、角膜上皮及びボーマン膜をフラップとして残すため、他の術式に比べ術後の疼痛が少なく、感染症及び角膜混濁の可能性が低いが、フラップの作成不良及び剥落による角膜乱視、フラップ定着の際の異物混入・定着による上皮下混濁、フラップ接合部分の混濁等が生じる可能性がある。

(三) 日本眼科学会の屈折矯正手術適応検討委員会は、平成七年に日本眼科学会理事長に対し、PRK手術に関し、次のような答申を行った。

エキシマレーザーによる屈折矯正手術は、基本的には眼鏡あるいはコンタクトレンズ装用が困難な場合に行われるべきである。しかも、その適応は、二D以上の不同視、二D以上の角膜乱視、三D以上の屈折度の安定した近視のいずれかに該当し、かつ二〇歳以上で本手術の問題点と合併症とについて、十分に説明を受け納得した者とする。

ただし、屈折矯正量は一〇Dを限度とし、術後屈折度は将来を含めて遠視にならないことを目標とする。なお、両眼に手術を行う場合には、片眼手術後三箇月以上観察し、その経過が良好なことを確認した上で他眼の手術を行うべきである。特に、屈折矯正量が六Dを超える場合には、さらに慎重な経過観察が必要である。

角膜前面放射状切開術その他の屈折矯正手術では、副作用・合併症などを十分に配慮して慎重に対処すべきである。

(四) 日本眼科医会は、平成八年九月に「近視矯正手術の現状と課題」という報告を報道関係者も含めた関係者に情報提供したが、その中でレーシック手術について、未だ手術例も少なく、研究段階であることを否定できないこと、小規模な角膜移植を行うようなもので、一度はがした角膜上皮が正確に元に戻るかどうかの確実性に問題があること、米国ではそのままフラップが剥落してしまった例や、しわが寄った状態で定着してしまった例が報告されているが、これらの結果は、深刻な角膜乱視を引き起こすこと、FDAの最新情報でも、「レーシックを施すためにエキシマレーザーを使用することについても、疑問が生じている。この目的でレーザーを使用することをFDAは審査検討しておらず、承認された使用方法ではない。」と指摘されていること、日本においても、一部レーシック手術を行っている医療機関があるが、時期尚早と言わざるを得ないことを指摘した。

また、右報告は、日本におけるレーシック手術の失敗例について、フラップ接合の際に異物の混入と角膜の混濁が起こった例及び角膜の中心部から外れた部位を削った例を報告している。

(五) 日本眼科学会は、平成七年一月一日から平成八年三月三一日までに屈折矯正手術を受けた者が受診した一六九の日本眼科学会専門医制度認定施設における症例についてアンケート調査を実施した。右調査によれば、受診したレーシック手術の症例は四例七眼であり、その内訳は、不正乱視三眼、不同視四眼、視力変動三眼、グレア四眼、屈折の戻り三眼、角膜細胞浸潤一眼、角膜潰瘍二眼、角膜フラップ癒着不全五眼、その他(偏心)二眼であり、このうち眼鏡、薬物等で治療又は改善が可能であったのは、視力変動及び角膜細胞浸潤、手術的治療で改善可能であったのは、角膜フラップ癒着不全のうちの二眼に止まっている。

2  本件手術に至る経過

(一) 原告(昭和四五年九月二〇日生)は、昭和六一年一二月ころから小嵜眼科で視力検査の上眼鏡を作成していたが、高校生になって同眼科でソフトコンタクトレンズを作成して着用するようになり、定期的に検査を受けていた。

(二) 原告は、平成八年四月六日ころ、小嵜眼科内に掲示されていたレーザー近視手術についての張り紙を見て右手術に興味を持ち、小嵜医師にレーザー近視矯正手術の説明を求めた。

小嵜医師は、「君みたいな人にぴったりだ。お勧めする。レーザーを当てて一五分くらい待ってからすぐに帰れ、手術をしたその日から見える。術者に関係なく万能の機械なので完璧だ。万が一、緩くしか視力が上がらなかったとしても無料でやり直すし、何度やっても目には負担がない。」等とPRK手術の説明をし、手術の費用は、八〇万円であるが早く予約をすれば四〇万円である旨説明した。しかしながら、小嵜医師は、レーザー近視矯正手術に伴う前記1(二)の(1)、(2)の危険性については説明しなかった。

(三) 小嵜医師は、原告に対し、平成八年五月ころ、PRK手術ではなくレーシック手術を導入することを決定した。

(四) 原告は、平成八年五月一五日に被告を受診した際、小嵜医師から原告の眼の状態がレーザー手術に適しており手術が可能であるとして、速やかに本件手術を受けるよう勧誘され、レーシック手術については、角膜を剥がすという説明を受けた。そこで、原告は、本件手術について、契約を締結し、手術に関する承諾書も作成した。

同日の視力検査の結果は、裸眼視力右眼〇・〇二、左眼〇・〇三、矯正視力右眼一・〇、左眼一・〇であった。

(五) 原告は、平成八年七月一〇日までに被告に対し本件手術費用四〇万円を支払った。

3  本件手術

(一) 原告は、平成八年七月一〇日に小嵜医師の執刀により、左右両眼について本件手術を受けた。

小嵜医師は、本件手術前に原告に対し、視力検査を行ったところ、その結果は、裸眼視力右眼〇・〇二、左眼〇・〇二、矯正視力右眼一・〇、左眼一・〇であった。

(二) 小嵜医師は、原告に点眼麻酔を行い、三〇分後に原告を手術用いすに座らせ、フットスイッチを用いていすをフルフラットの手術ベッドに変換し、原告を自動的にレーザー照射下に移動させた。小嵜医師は、マイクロケラトームを使用して原告の両眼のフラップを作成したが、左眼のフラップは、非常に薄く、不安定な形状であった。小嵜医師は、レーザー照射を行い、約二〇秒で終了した。

(三) 小嵜医師は、原告に対し、安静を指示し、その後検眼を行った。その際、原告の両眼のフラップ内に空気が混入していたため、小嵜医師は、フラップが定着するようにスパーテルを使用して空気を抜いた。

(四) 原告は、平成八年七月一二日に小嵜眼科で検診を受けたが、目やにがひどく、疼痛があったため、矯正視力が測定できない状態であった。

(五) 原告は、平成八年八月二六日の検診の際、左眼に角膜混濁が認められ、視力が向上しないため、小嵜医師から再手術を勧められた。

(六) 原告は、平成八年九月二一日に小嵜医師の執刀により、左眼の再手術を受けた。右手術は、左眼のフラップをマイクロケラトームで除去したうえ、レーザー照射により角膜上皮の混濁を除去するという内容であった。さらに、原告は、平成八年一〇月一九日に右眼のレーシック再手術を受けた。

(七) 原告は、平成一一年五月八日に東京大学医学部付属病院で両眼の検査を行ったが、その際の視力検査の結果は、裸眼遠方視力右眼〇・〇五、左眼〇・〇八、同近方視力右眼〇・二、左眼〇・〇七、矯正遠方視力右眼〇・六、左眼〇・八、同近方視力右眼〇・三、左眼〇・三であった。

(八) また、右検査時における視力以外の検査所見は、次のとおりであった。

原告の右眼は、SRI値(SRIは、サーフィス・レギュラリティー・インデックスのことで、角膜表面の規則性を表す数値で、正常値は〇・一八から〇・五六までで、数値が増えるに従って角膜表面の不正が大きくなる。)が一・六〇、SAI値(SAIは、サーフィス・アシンメトリー・インデックスのことで、角膜表面の対称性を表す数値であり、正常値は〇・一七から〇・四一までで、数値が増えるに従って角膜表面の非対称性が大きくなる。)が二・二二、昼間コントラスト感度、昼間周辺グレア下でのコントラスト感度、夜間コントラスト感度、夜間中心グレア下でのコントラスト感度が中程度又は高程度に低下し、角膜中央部付近に無数の水泡状の強い混濁があった。左眼は、SRI値及びSAI値ともに一・一八、昼間コントラスト感度、昼間周辺グレア下でのコントラスト感度、夜間コントラスト感度、夜間中心グレア下でのコントラスト感度が中程度又は高程度に低下し、角膜の中心部の耳側寄りに水泡状の混濁があり、角膜中心部がかなり薄くなっていた。

右検査によれば、原告の両眼は、強い不正乱視であるといえる。

二  小嵜医師の過失の有無

1  説明義務違反について

(一) 前記認定事実によれば、レーシック手術は、日本眼科学会及びFDAにおいて承認された医療技術ではなく、未だ研究段階の医療技術であること、手術例が少なく、一度はがしたフラップを正確に元に戻す確実性に問題があり、フラップが剥離してしまうこともあること、手術によって近視が必ずしも直るものではなく、かえって乱視や遠視になる可能性もあることが認められる。また、視力は、眼鏡やコンタクトレンズによって容易に矯正することが可能であるから、レーシック手術は、緊急性の認められない手術ともいうべきであるが、前記認定のとおり新しい手術であるため、長期的な予後が不明であり、角膜を切除することによって屈折率を変えるという手術の性質上、一度手術を受けたら元に戻すことができないことが認められる。

手術等の医療行為を行う医師は、当該医療行為の目的、内容及び合併症等の危険性等について患者に説明を行い、十分患者に理解させた上で患者の承諾を得る義務があるというべきである。そして、前述したようなレーシック手術の性質に照らせば、小嵜医師は、本件においては、術前に、レーシック手術が未だ研究段階で確立されたものではないこと、術後の長期的予後が不明であること、レーシック手術の過誤に伴って遠視になることもあること及びフラップが正確に剥離されなかったり、剥離されたフラップが何らかの事情で剥落したり、損傷したり、さらにはしわが寄った状態で定着した時は、深刻な角膜乱視を生じてしまうことなど、レーシック手術に伴って生ずる合併症を具体的に説明し、患者に十分理解させた上で承諾を得る注意義務があったというべきである。

ところが、前記認定事実によれば、小嵜医師は、本件において原告に対し、レーシック手術を受診するかどうかを判断する上で必要な右留意点を全く説明しなかったことが認められる。

したがって、小嵜医師には、説明義務違反による過失が認められる。

2  小嵜医師の本件手術における過失

原告は、小嵜医師は、本件手術の際、フラップの剥離及び定着が正確にできなかった過失がある旨主張する。

前記認定事実及び《証拠省略》によれば、小嵜医師は、本件手術の際、原告の左眼のフラップを薄く、不安定な形状に作成したこと、レーシック手術では、フラップを元に戻した後、点眼等で眼球に液をためておかないと空気が入り、フラップ接合不良が生じるが、小嵜医師は、左右のフラップを元に戻した際、点眼による保護を行わなかったため、空気を入れてしまったことが認められる。

したがって、小嵜医師は、フラップの剥離及び定着を正確に行わなかった過失があると認められる。

3  小嵜医師の術後管理懈怠

原告は、小嵜医師は、本件手術後の管理を怠った過失がある旨主張する。

しかしながら、《証拠省略》によれば、レーシック手術後の管理としては、点眼以外の方法はないところ、小嵜医師は、本件手術後原告に対して目薬を処方し、検診のために来院を指示したことが認められる。右によれば、小嵜医師は、術後管理を怠ったとはいえない。

したがって、原告の右主張は採用できない。

三  原告に生じた損害

1  原告の症状について

原告は、原告の両眼は、本件手術の結果、角膜の混濁と角膜性不正乱視等のために矯正視力が低下した旨主張する。

(一) 遠方視力

前記認定事実によれば、原告の手術前の矯正視力は左右ともに一・〇であり、平成一一年五月八日の視力検査結果は右眼遠方視力が〇・六、左眼が〇・八であったことが認められる。

(二) 近方視力

前記認定事実によれば、原告の平成一一年五月八日の視力検査結果は、近方視力が左右ともに〇・三であったと認められる。

(三) 不正乱視、コントラスト感度の低下、グレア

前記認定事実によれば、原告の右眼及び左眼は、SRI値及びSAI値が異常値を示しており、角膜表面形状の不正、非対称性が認められ、不正乱視(角膜の形状の不正により発生する乱視)であること並びに原告につきコントラスト感度の低下、グレアが存することが認められる。

2  因果関係について

(一) 前記認定事実、《証拠省略》及び右二で説示したところによれば、原告の不正乱視は、本件手術の際、小嵜医師がフラップの剥離及び定着を正確に行わなかった過失のため、再手術を行わざるを得なくなり、これら二回の手術により角膜表面形状に不正が生じたために発生したことが認められる。

(二) 前記認定事実及び《証拠省略》によれば、原告の両眼には、混濁が生じているが、同混濁及び前記の不正乱視が原告の視力の低下の原因となっているものと認められる。そして、前記認定事実によれば、左眼の混濁は、再手術でフラップを除去し、レーザー照射により混濁除去を行った結果、角膜表面形状の不正が大きくなり、混濁が生じやすくなったために生じたものであること、右眼の混濁は、小嵜医師の右過失により、原告の眼に空気その他の異物がフラップ内に混入した結果生じたものと認められる。

3  原告の損害について

労働者災害補償保険法施行規則別表(以下「規則別表」という。)第一及び施行令別表備考一は、屈折異状のあるものについては、万国式試視力表によって矯正視力について測定をするものとしているから、遠方矯正視力を前提としていると認められる。

しかしながら、近方視力に障害があることにより、遠方視力に障害がある場合と同等の労働能力の喪失があったと評価される場合は、遠方視力に障害がない場合であっても、両眼の視力が〇・六以下になった場合に準じ、施行令別表第九級の一に該当するものと解するのが相当である。そして、《証拠省略》によれば、原告は、平成八年五月ころまで消火器製造会社で事務職に就いていたこと及び現在では近方視力の低下により、従前行っていた内容の作業を行うことができないため、再就職を断念せざるを得ないことが認められる。

また、原告の左眼の遠方視力は〇・八であるが、《証拠省略》によれば、原告は、本件手術前は、視力矯正に当初眼鏡を使用し、その後ソフトコンタクトレンズを使用するようになったこと、本件手術後の視力の矯正には、不正乱視のため角膜表面形状を矯正する必要があることから、小嵜医師に勧められてハードコンタクトレンズを使用することになったこと、特に、原告の左眼は、フラップを除去したうえ、レーザー照射により混濁を除去していることから、角膜表面形状の不正度が大きく、ハードコンタクトレンズを中央に装着することが困難であること、角膜表面形状の不正のため、ハードコンタクトレンズを装着すると目の痛み等の不快感が伴うため、これに耐えてハードコンタクトレンズを装着しなければならないことが認められる。右によれば、原告は、自らの努力により右矯正視力を確保しているものと考えられ、これに、近方矯正視力が両眼とも〇・三であること、不正乱視が生じていること、生活及び再就職に支障を生じていることをも勘案すれば、原告の視力の低下による労働能力の喪失の程度は、遠方視力が〇・六以下の場合と同程度に達しているものと認められ、規則別表第一及び施行令別表所定第九級の一に準じて考えるべきである。

なお、原告は、視力障害によるストレスの結果不安神経症に罹患し、通院治療を強いられている旨主張し、《証拠省略》によれば、原告が不安神経症に罹患し、通院治療を行っていることが認められる。

しかしながら、小嵜医師の前記過失と右不安神経症との因果関係を認めるに足る証拠はない。したがって、原告の右主張は採用できない。

4  損害額について

(一) 本件手術費用相当額 四〇万円

《証拠省略》によれば、本件手術費用の相当額は、四〇万円であることが認められる。

(二) 後遺障害慰謝料 六一六万円

前述のように、原告の視力障害の程度は、規則別表第一及び施行令別表所定第九級の一に相当するというべきであるから、その後遺障害慰謝料額は、六一六万円が相当である。

(三) 逸失利益 一九一〇万二九五二円

前述のように、原告の視力障害の程度は、規則別表第一及び施行令別表所定第九級の一に相当するというべきであるから、労働能力喪失率は〇・三五である。そうすると、原告の逸失利益は、一九一〇万二九五二円(一円未満四捨五入)とするのが相当である。

263000(年齢別平均賃金)×12×0.35(労働能力喪失率)×17.294(ライプニッツ係数)=19102952

(四) 弁護士費用 二五〇万円

原告が原告訴訟代理人に本件訴訟の提起、遂行を委任したことは、当裁判所に顕著な事実である。そして、本件訴訟の性質、態様に前記(一)ないし(三)の損害額を勘案すれば、本件と相当因果関係のある弁護士費用は、二五〇万円が相当である。

(五) なお、原告は、その他の損害として、通院交通費及びコンタクトレンズ製作費を主張するが、右損害の額を確定するに足る証拠はないから、原告の右主張は採用できない。

四  結論

よって、被告に対して右三4の損害の内金一五〇〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める原告の本件請求は理由があるから認容することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中敦 裁判官 和久田斉 升川智道)

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